cro-magnonのドラマー大竹重寿を軸に、石黒祥司(犬式)、越野竜太(らぞく)、菱山正太(urb/Soil & Hemp Sessions)、高田陽平(wuja bin bin/ ホテルニュートーキョー)、そして谷本大河(SANABAGUN.)。日本のジャズ/ソウル/ジャムシーンを横断してきた名プレイヤーたちが世代を越えて交差したこのバンドは、“セッション”という言葉では収まりきらない、むしろ今の音楽の面白さそのものを体現している。

70年代ジャズやソウルをルーツにしながらも、鳴っているのは懐古ではなく、もっとラフで自由で、ライブの熱をそのままパッケージしたようなサウンドだ。長いキャリアを持つ彼らが、いま改めて“バンドで鳴らすこと”に向き合うことで立ち上がるグルーヴには、ジャンルや文脈を軽やかに飛び越える強さがある。

今回のロングインタビューでは、GEMINIメンバーとも長く親交のあるJazzy SportのMasaya Fantasista氏も交えて、バンドの始まりから、それぞれが通ってきた90~2000年代のリアルなシーン、そして影響を受けた音楽までをフラットに掘り下げた。キャリアを重ねたからこそ見えてきた新しい楽しさと、いまの若い世代とも地続きでつながる感覚。その両方が交差する言葉のなかに、“これからのバンド像”のヒントが潜んでいる。

バンドの始まりについて

——まず、バンドの始まりについて聞かせてください。新しくバンドとして始めたきっかけは?

大竹重寿:
きっかけは、僕が以前やっていた cro-magnonというバンドを休止することになったことですね。cro-magnon は3人編成だったんですけど、音楽業界が厳しい中、「最小ユニットで最大の音楽」がコンセプトだった。活動を止めるってなると、ある意味“仕事を失う”みたいな感覚もあって。実は、活動休止前からソロプロジェクトみたいなものを作りたいと思って始めていたんです。

cro-magnonでは、クラブミュージック寄りというか、“DJがかけて映える音楽”、“フロアで機能する音楽”をコンセプトでやっていたんですけど、自分も50歳を超えて、クラブにもそんなに行かなくなって。友達の家で料理やワインを楽しむような空間で自然に流れてるような音楽とか、生活の中にある音楽をやりたくなった。

普段ふと口ずさんだメロディをiPhoneに録って、そこから曲を膨らませていく。最先端とか、狙いがあるとかじゃなくて、自然に出てきた“生活に寄り添う音楽”をコンセプトに始めたのが、このバンドです。

メンバーが集まった経緯

——それぞれが長いキャリアをお持ちの6人のメンバーはどのように集まったのでしょうか。以前から交流があったのでしょうか。

大竹重寿:
もちろん。最初は4人で、今の6人が揃ったのは去年かな。
竜太、正太、石黒は、声をかけてすぐ決まった。それから、サックスも必要だなってなって、大河に声をかけた。実は大河とは地元が一緒で、小中学校も同じなんですよ。

谷本大河:
実家の犬の散歩をしてました(笑)

大竹重寿:
大河と年齢は一回り以上離れてるんです。当初は同世代のプレイヤーを考えてたんですけど、周りから「若い人を入れた方がいい」って言われて。結果的に、絶妙な人選になったと思っています。

このバンドの面白さ

——GEMINIのみなさんにとってこのバンドはどんな存在ですか?どんな面白さがありますか?

越野竜太:
僕は完全に“シゲファン”なんです(笑)。
家族みたいな、お兄ちゃんみたいな存在。やりたい世界観が明確にある人なので、「シゲがどういう世界を作りたいんだろう?」って興味がまずある。自分ができる範囲でどう寄り添えるか、すり合わせていくのが面白いですね。結果として今日みたいな形になってきて、やってよかったなって。大切に思ってます。

谷本大河:
僕は一回り以上下の世代なんですけど、聴いてきた音楽も、音楽の聴き方も全然違うんですよ。僕らの世代って、もうデジタル移行期で、ギリギリCDを買ったり、レコードは本当に好きな人しか買ってない世代で。調べればすぐ音楽が出てくる。でもシゲさんたちの世代って、人づてだったり、レコード屋だったり、そういう体験の積み重ねで音楽を知ってる感じがする。だから本当に音楽に詳しいし、毎回勉強になっています。僕的には今までやってきたことと、先輩たちの話を聞いて良い音楽をやれる状況になってきてるので、“修行の場”みたいな感覚もありますね。

大竹重寿:
俺らの世代は、“誰も知らない音楽を知ってるのがかっこいい”みたいなところあったよね(笑)。あと謎の共通認識があるんですよ。
「ザ・クルセイダーズのこれは絶対聴いてるよね」みたいな。

Masaya Fantasista
入口はみんな違うんだけど、どこかで必ず繋がるんですよね。自然発生的なナチュラルアルゴリズムは昔からあった気がします(笑)

石黒祥司:自分は結構色々バンドをやってきましたけど、GEMINIは自分のやりたい、好きな音楽が自然にできる。今までのバンドではなかったような、クリエイティブやアイディアが自然に引き出される感じがあって、すごく良いメンバーだなと思っています。

高田陽平:曲のできるテンポがすごく早くて、セッション1つ、小さなテーマでみんながすごく膨らむのが面白い。テーマ1つで1回やったら風景が見えてきた、みたいな。各パートのアレンジやアンサンブルが、GEMINI独特のものがあると思いますね。このメンバーの絶妙なバランスで。あとは、しょうちゃん(菱山正太)とやれるのもGEMINIの面白さだよね。

大竹重寿:実は、正太とは、バークリーって音大で20歳くらいからお互いを知ってるんだけど、50歳くらいで初めてちゃんと会ったの。昔はソリが合わなかった(笑)こうやって音楽を続けていると楽しいね。やってて良かった。

菱山正太本当に。いろんなミュージシャンがくるライブセッションに誘われて行って、終わった後にシゲさんから「バンドやんねえ?」って誘われて。俺はそれしか聞かされてなくて、誰がくるとか全然知らなかったんだけど、そこからだった。

大竹重寿:俺は正太のことを横浜のセロニアスモンクって言ってます。彼の存在感が。

制作スタイルについて

——普段、GEMINIの楽曲制作はどのような流れで進んでいくんですか?

大竹重寿:
制作は、ファーストアルバムの10曲中ほとんどが僕の鼻歌から始まってます。iPhoneに録って打ち込みループを作って、それをみんなで広げていく。最近は、鼻歌をそのまま聴かせるだけで形になっていくことも多いですね。あと、石黒さんが曲を持ってきたり、スタジオで誰かが突然弾き始めたフレーズから曲になることもある。ストックは山ほどあります(笑)

——ライブ映像を拝見し、各パートがどんどん広がって空気を作っていく感じがとても印象的でした。

大竹重寿:
そうですね。みんな個々のスキルが高いから。僕は昔から“フリーセッション”をずっとやっていて、それをやろうと思ってたんです。エレクトリック・マイルスみたいな、ある程度モチーフだけ決めて、あとは自由に広がっていく感じ。最近は大河のホーンアレンジももっと欲しいし、竜太は歌も上手いから、ボーカルも入れていきたい。50歳を超えても「これから」って言えるのが、音楽の面白さだなって思います。

生活”と音楽

大竹重寿:
GEMINIの活動って、それぞれの生活の“一部”なんですよね。20代、30代の頃は音楽が人生そのものだった。でも今はみんな家庭もあったり、仕事もしているし。だから逆に自由なんです。音楽だけで生活しなきゃいけないわけじゃないから、ある意味好き勝手できる。

音楽が好きでやっていたけど、いつの間にか仕事になってしまって、一時期は、ライブを回して回して、それがだんだん苦しくなったこともあった。音楽って音を楽しむものなのに。でも今は全くそういうことがなくて、純粋に楽しめてる。だからこのプロジェクトは、もう死ぬまでやろうかなと思ってる(笑)

高田陽平:「いつでも辞めていいよ」って言われてる(笑)ライブの前に言われたよ。これからライブなのに…(笑)

越野竜太:俺なんか、「途中でギター変えるかも」って(笑)

一同:(笑)

大竹重寿:でもそうやっているうちに、結局固まってきてね。みんなのモチベーションも高いし、ソロプロジェクトって感じで始まったんだけど、自然にバンドになってきた。今となっては6人をベーシックに考えていて、ここにトランペット、シンセサイザーを入れようかと考えています。

大竹重寿:このメンバーはROCK、JAZZ、FUNK、Hip Hop、テクノまで、満遍なく通ってきてる人たちだから。あえて今オーソドックスなスタイルをやっているけど、ちょっと捻った、奇をてらったような方向もいけるメンバーだから。音楽のそういう見方とか似てるよね。JAZZだけ、FUNKだけ、というわけじゃない。

高田陽平:DJするみたいにバンドでやりあえるような感じがするね。それは自然で一番いいなと思う。曲が自然に繋がっていく。

90〜2000年代のシーンと今

——90〜2000年代のクラブ/ジャズシーンを通ってきた皆さんから見て、当時の空気感と今のシーンを見ていて、変化や失われつつあるものはありますか?

菱山正太:
昔は「海外の音に近づきたい」っていう感覚が強かったと思うんです。今の若い世代ってもっと自然体で、日本語の歌謡曲やシティポップも流行ったりして、「日本で日本人が感じるままに気持ちいい音を作ればそれでいいじゃない」っていう感覚の人が増えてきていると思うんです。僕たちもシティポップは嫌いなわけではないけれど、どちらかというと、少し前のアメリカとかヨーロッパとか外国に憧れる気持ちから出てくる音っていうのが自然に出てくるところがあって。個人個人のプレイもそうだし……。そういう部分は今のシーンと少し違うのかな。

大竹重寿:
当時は本当にクラブカルチャーが盛り上がってた。平日のセッションイベントでも人がパンパンに入ってたし、日本各地にお祭りカルチャーというか、小規模フェスやクラブも盛り上がってた。山でも海でも、毎週どこかでライブしてたね。今もフェスはあるけど、あの頃の“無秩序な熱量”みたいなものは独特だったと思う。

越野竜太:
無秩序みたいな雰囲気のゆるさと、あと、寛容さもあったよね。

大竹重寿:
そうそう。今の若い人たちがどう遊んでるのかは分からないけど、僕らは本当に、毎週どこかで大騒ぎしてライブしてた世代でしたね。

クラブカルチャーと時代の変化

高田陽平:
最近は若い子たちも「イベントやりたいです」ってお店に来てくれたりするんですよね。
昔みたいなクラブだけじゃなくて、ミュージックバーとか、レストランとか飲み屋とか、人が集まってBGMみたいに音楽を楽しめる場所も増えていて。そこで自然にバンドが見られたりとか、そういう楽しみ方も今は面白いなと思います。

大竹重寿:
コロナ禍も大きかったよね。あれで色々変わったね。

高田陽平:
自分自身も、コロナ禍をきっかけに、しばらく疎遠になっていた場所にまた行くようになって。
「ここでライブやってるなら行ってみようかな」って。そうやって振り返ると、「みんなずっとこうやって続けてきたんだな」って改めて感じるし、そう言った意味では東京も地方も、今また面白いことになってる気がしますね。

大竹重寿:
俺たちが知らないだけで、今の世代には今の遊び方があるんだろうね。
自分たちの時代は、自分たちなりの遊び方があって、それが最高に楽しかった。高円寺のGLASSROOTSとか、渋谷だけじゃなくて吉祥寺とか、各地にそういう場所があって、平日からDJが回してた。そういう空気は大きかったよね。

DJカルチャーとバンドカルチャーの融合

菱山正太:
やっぱりDJの存在って大きかったよね。

大竹重寿:
俺らの世代って、THE ROOTSとかもそうだけど、生の音楽と機械の音楽境界が自然に融合する時代だったと思う。
「これは生演奏だから」とか「これは打ち込みだから」とか、あんまり意識して聴いてなかった。そういう面白さがあったね。DJイベントにcro-magnonが出る、みたいな感じだったね。

アンダーグラウンド”の変化

菱山正太:
昔よりアンダーグラウンドとオーバーグラウンドの境界が曖昧になってる気がするけど、どうなってるんだろう?昔はもっと“地下”って感じだった。
DJがかけた曲を聴いて、「これなんて曲なんだろう?」って必死に探してた。今はShazamやYouTubeですぐ検索できるけど、当時は、それができなかったからこその熱量もあったよね。最近のDJはShazamに引っかからない曲をかけるのがやばいじゃん。

大竹重寿:
7inchだけとかね。今はもう、間を繋ぐ存在が減ったのかもしれない。昔だったら例えばRIP SLYMEとかKICK THE CAN CREWみたいに、アンダーグラウンドにいたけどめちゃメジャーにもいる、自然に繋ぐ人たちがいた。でも今は、もっと両極化してる感じがするな。

Masaya Fantasista
GEMINIのみんなが一番バンドでバリバリやってた頃、僕はDJ側だったんですけど、あの頃はちょうどバンドカルチャーとDJカルチャーがフュージョンしていた。もうすこし前の世代は、バンドとクラブカルチャーの間に壁があったんですよ。「バンドのやつらダサい」とか、「クラブのやつらは生演奏知らない」とか、そういう偏見もあった。でも、この世代の人たちが出てきて、そこが繋がっていった。それで一緒にイベントが始まったよね。まさにその時代にみんなピークだった。

大竹重寿:
いい時代だよね。アシッドジャズとか、THE ROOTSとかエリカ・バドゥもそうだしね。
あの頃は本当に面白かった。

音楽を買う”時代

大竹重寿:
昔はレコード屋を何軒も回ってたんですよ。
渋谷だけでも7〜8軒は普通に回ってた。今みたいにSpotifyもYouTubeもないから、CD1枚買うのも真剣だった。雑誌のレビュー読んで、「今月はこれにするか…」って悩んで。
でも、実際買ったら「あんまりよくないな…」ってこともある(笑)でも、お金がないから何回も聴くんですよ。
そしたら、だんだん良くなってくる(笑)

越野竜太:
そういうこと、あったね(笑)

大竹重寿:
今は全部すぐ聴けるし、関連アーティストまで一瞬で辿り着ける。
音楽との距離感や感覚が、もう全然違う。俺たちの時代は「501も欲しいけど、レコードも欲しい」みたいな感じだったけど、今は音楽そのものの立ち位置が変わってる気がする。

それでも“ライブ”は特別

越野竜太:
だからこそ、今はライブの価値がすごく大きいと思う。アナログをいいスピーカーで聴くだけで、「これ音源でしょ?」みたいな体験になることもあるし、やっぱり“生”って強い。

大河:
僕らより下の世代になると、DTMで一人でも音楽を作れて、SNSでそのまま発信できる。昨日まで無名だった人が、次の日には何万人もフォロワーいる、みたいなことも普通に起きる。

Masaya Fantasista
昔の“オーバーグラウンド”って、メジャーレーベル契約して、ラジオかかって、ドラマタイアップがついて…っていう世界だったけど、今はTikTokやYouTubeでバズれば、それがもうメジャー。だから若い人たちは、逆に自由なのかもしれない。

情報が少なかった時代の“熱”

大竹重寿:
今の若い子たちは、本当に羨ましい部分もある。昔はドラム教則本ひとつ手に入れるのも大変だったし、ライブ映像も擦り切れるまで見てた。今だったらYouTubeで全部見れるじゃないですか。ガンズ・アンド・ローゼズが好きなら、そこからストーンズやエアロスミスまで一瞬でどこまでも辿り着ける。俺たちの時代は、そこに行くまでが本当に大変だった。

越野竜太:
でも、だからこそ「これ良くないな…」って思っても、何百回も聴くしかない……(笑)

大竹重寿:
「俺はこれを好きなはずなんだ…」って(笑)昔何回も聴いてた曲ってもう絶対忘れないよね。

若い世代のミュージシャンについて

Masaya Fantasista
最近の若いジャズミュージシャンたちって、本当に面白いんですよ。アメリカではロバート・グラスパー以降、ヒップホップを自然に通過したジャズミュージシャンがどんどん出てきたけど、日本もそういう感覚が普通になってきてる。

大竹重寿:
俺たちの頃はまだ特殊だったけど、今はそのスタイル自体がスタンダードだもんね。

越野竜太:
今の若い子たちって、若いうちから音楽的にはかなり到達してる。だから逆に、そこから何を面白がっていくのかが楽しみ。

大竹重寿:
昔は「町田なら俺が一番上手い」みたいな感覚でいられたんです(笑)でも今は、自分よりすごい人がすぐ見えちゃう。俺、バークリー行った時にアントニオ・サンチェス見て、「ドラムやめよう」って思ったもん。あの頃は“井の中の蛙”でいられたから続けられた部分もある。根拠のない自信って大事だったと思う。

影響を受けたアーティスト

——これまでの音楽人生で、最も影響を受けたアーティストを教えてください。

菱山正太:僕は、スティーヴィー・ワンダー。

一同:素敵!

大竹重寿:
マイルス・デイヴィスかな。

越野竜太:俺はお母さんです。

大竹重寿:

竜太のお母さん、バンドもやってて超かっこいいから。

石黒祥司:
僕はスティーリー・ダンっていうバンドが大好きで、一番聴いてます。アルバムは……『Aja』。

谷本大河:
僕はジョン・コルトレーンです。年代ごとに全然違うし、初期のちょっと荒い演奏も可愛くて好きなんですよね。

越野竜太:
音楽って伝わればいい。“上手い下手”だけじゃないからね。

高田陽平:
うちは親父がずっとアメリカの古い音楽を家で流していて子供の頃からずっと聴いてたんですよ。ブルーグラスとか。全然好きじゃなかったんですけど……大人になるにつれて、「この楽器、かっこいいな」って思うようになった。だから誰に影響を受けたというより、“楽器そのもの”かもしれない。それで太鼓をやるようになった。

越野竜太:
究極だね(笑)

GEMINIのライブを体感するなら

——最後に、GEMINIのライブを体感するなら、どんなところを感じてほしいですか?

越野竜太:
まず、これから映像作品もいろいろ出るので見てほしいですね。あと、ライブに来るならぜひオシャレして来てほしい。
日常から少し離れて、「今日は自分が一番だ」って気分で来てほしいです。

大竹重寿:
ソリストが変わることで、バンド全体の呼吸も変わるんですよ。その瞬間ごとに変化するグルーヴを、音を聴きながら一緒に感じてほしいですね。

越野竜太:
お客さんによって、本当に演奏が変わるんです。
毎回、空模様みたいに景色が違う。その場限りの空気をぜひ楽しみに来てほしいですね。

Masaya Fantasista
僕からすると、本当に“スーパーバンド”なんですよ。それぞれ別のバンドで見ていて「かっこいいな」と思っていた人たちが集まってる。技術だけじゃなくて、“誰が鳴らしてるか”っていう部分も含めて感じてもらえたら嬉しいです。

——今日はありがとうございました!

大竹重寿:こちらこそ、楽しかったです。



Photography by Shinsaku Yasujima
Interview, Text & Edit by Saori Hayashida

【GEMINI】


GEMINIは普遍的な1970年代のジャズ、ソウル、フュージョンを基軸に、メンバーそれぞれが培ってきた多様な経験と音楽的背景を融合させ、唯一無二のサウンドとアイデンティティを築き上げるバンドである。

リーダーの大竹重寿は、かつて自身のバンドcro-magnonとしてJAZZY SPORTに所属し、数々の作品をリリース。世界を巡るツアーを通して、グルーヴと創造性に満ちた音楽を体現してきた。独立を経て新たに立ち上げたこのGEMINIというバンドは、再びJAZZY SPORTの名の下で活動するという強い意志のもとに始動した。この歩みは、GEMINIの精神に深く刻まれている。

混迷を極める現代において、世界は分断され、争いが絶えない。そんな時代だからこそ、GEMINIのメンバーは音楽の持つ本質的な力を信じている。音楽には、境界を越えて人と人を繋ぐ力がある。言葉を超えて、感情や美意識を共有できる普遍のメディアとして。

GEMINIは、その信念のもとに音を鳴らし続ける。そして、音楽の素晴らしさを体現し、演奏することの歓びを分かち合うために集まった。その響きは、今を生きる人々へ、そして未来へと届くバトンとなる。たとえこの時代に世界を一つにすることが叶わなくとも、音楽の力を信じ、未来のための礎となること。それがGEMINIの使命である。