南スウェーデンの路地裏に、ある日突然、小さなレストラン《Il Topolino(イル・トポリーノ)》とナッツの専門店《Noix de Vie(ノワ・ド・ヴィ)》が現れた。建物の高さはすべて膝にも届かないほど。そこはまるで、小さなネズミたちが暮らす並行世界の入り口のようだった。

この幻想的な“ミニチュア建築”を手がけたのは、スウェーデンの匿名なストリートアート集団《Anonymouse(アノニマウス)》。その謎めいた存在感と精巧な世界観から、地元メディアは彼らを“Banksy Mouse(バンクシー・マウス)”と呼んだ。

2016年のある冬の夜、マルメの中心地ベルイェスガータン通りに初の作品が密かに設置されてから9年。アノニマウスは今、初めてストリートを飛び出し、スウェーデン・ルンドにあるスキッセルナ美術館での展示へと舞台を移した。

展示の一部:「Hasselnotion Student’s House」(2020年制作、Anonymouse作) AP Photo / James Brooks

子どもの心を刺激する、遊び心と詩情に満ちたミニチュア世界

アノニマウスの正体が明らかになったのは2024年。プロップや映画・TVのセット制作に携わるエリン・ウェスターホルムとループス・ネンセンというふたりのアーティストだった。

「このプロジェクトの素敵なところは、子どもたちのための世界をつくっているということ。誰の心の中にも、ネズミが自分たちの世界でこっそり暮らしているという物語があると思うんです」とネンセンは語る。

プロジェクトの着想は、ふたりが2016年にパリ・モンマルトルを旅していたときに得たという。アール・ヌーヴォーの空気にインスパイアされ、半年かけて第一作を制作。その後、スウェーデン国内だけでなく、カナダのケベック、イギリスのマン島、ストックホルム近郊など、さまざまな土地に小さなマウスの世界を密かに設置してきた。

展示の一部:“Lindenkronan Newspaper” (2022年制作、Anonymouse作) AP Photo / James Brooks

“Back to Brie”に“Stilton John”──ユーモアと緻密さの共存

2020年にルンドに設置されたレコードショップ《Ricotta Records(リコッタ・レコード)》には、“Amy Winemouse”による『Back to Brie』や、“Stilton John”の『Goodbye Yellow Cheese Roll』など、ネズミサイズのレコードジャケットが並ぶ。

「ちょっとおバカなことを、ものすごく真剣にやるのがこのプロジェクトの魅力」と語るのはウェスターホルム。「これまでに考えたチーズとネズミのダジャレは、数えきれないくらい」とネンセンは笑う。

今回の展覧会では、過去にスウェーデンの街中にこっそり設置された6つの“マウスの世界”が再現され、ドローイングや設計図などのアーカイブ資料とともに展示されている。

展示キュレーターのエミル・ニルソンはこう語る。「作品はあえて、来場者の想像力を刺激するような“隠された場所”に展示されています。地下室だったり、バルコニーだったり。来場者にはちょっとした冒険気分で、美術館の中を探検してほしいですね」

“Cicada Pharmacy” (2020年制作、Anonymouse 作 AP Photo / James Brooks

そして、静かなる“解散宣言”

匿名性を解いたあと、ふたりはこのアートプロジェクトに幕を下ろすことも発表した。

「9年間やり切りました。もうそろそろ終わりのときかなって」と語るウェスターホルム。

ただし、アノニマウスという名での活動は終わっても、ふたりが再びどこかで小さな夢のような世界を生み出す可能性はゼロじゃない。

「絶対にやらないとは、まだ言い切れないですから」と、意味深に微笑んだ。

“Hasselnotion Student’s House”(2020年制作、Anonymouse 作)AP Photo / James Brooks


展示は2025年8月末まで、スキッセルナ美術館(ルンド)にて開催中。

Anonymouse
June 27 – August 24, 2025

By JAMES BROOKS Associated Press
LUND, Sweden (AP)